ピーターパンに憧れて

21歳の大学生が普段の生活の中で気になったことを気まぐれに書いています.

14年前の今日は「世界に一つだけの花」の誕生日.

14年前の今日,2003年3月5日は,
SMAPの大ヒット曲「世界に一つだけの花」が発売された日です.

発売された当時の僕は小学一年生の7歳でした. 

7歳の時の記憶ってあんまりないんですが,
親父がCDとピアノの楽譜を買ってきて,僕に渡して
「この曲ピアノで弾いたの聞きたいな」
と言ってきたので,練習してた記憶はあります.

たしか,最後まで弾ききれずに飽きてしまったと思います(笑)

世界に一つだけの花」を歌っているSMAPですが,
去年の12月31日をもって解散となってしまいました.

その解散にあたり,ファンによる「世界に一つだけの花」の購買運動が起こり,
去年の12月に販売枚数300万枚を突破したのは大きなニュースになりました.

実は「世界に一つだけの花」が発売された裏側にはさまざまな裏話がありました.
今日はその裏話について書いていきたいと思います.

Ⅰ.CDジャケットに隠された秘密

世界に一つだけの花のCDジャケットを見たことがあるでしょうか.

こんなやつです.

ダウンロード


ここで上半分に注目してほしいのですが,企業の広告が載っていると思います.

実はこれ,SMAPのメンバーが当時出演していたCMの企業の広告なんです.

CDジャケットに企業の広告が載るなんて話聞いたことないと思います.

実はCDジャケットに企業の広告を載せるに至った経緯にこそ,
世界に一つだけの花」に隠された裏話を紐解くカギになってきます.


Ⅱ.発売に至るまでのさまざまなハードル

世界に一つだけの花」を歌っているのはSMAPですが,
作詞作曲をした人,振り付けを担当した人が誰だがご存じでしょうか.

この曲の作詞作曲は槇原敬之,振り付けはKABAちゃんが担当しました.

この2人の共通点といえば、「同性愛者」であるという点です.

さらに,槇原敬之はこの曲を制作する3年前の1999年に覚せい剤取締法違反の容疑で
逮捕されており,その後しばらくの間謹慎していました.

そのため発売前,「同性愛者」「覚せい剤所持」は世間的には問題があるという理由で,
スポンサー側が発売に対し難色を示していたのです.
 
ここで手を貸したのがジャニー喜多川でした.
ジャニー喜多川が交渉をして,なんとかアルバムでの発売を認めさせたのです.

そう、実は「世界に一つだけの花」は最初、アルバム収録曲の中の1曲だったのです.

しかし,この曲の人気が広まるにつれ,しだいに
シングルでのリリースを期待する声が上がるようになりました.

しかし,これに歯止めをかけたのがスポンサーでした.
SMAPが当時出演していたCM企業から,シングルリリースを反対する声が上がったのです.

ジャニー喜多川が企業側を説得するも,納得させることはできませんでした.

このとき,立ち上がったのが,SMAPのメンバーであった木村拓哉でした.

木村拓哉は,スポンサー企業を回って説得し,直談判したそうです.
このとき木村拓哉が企業側に提示したのが,

「CDジャケットに企業広告を掲載すること」

だったのです.

このような経緯を経てシングルリリースが実現し,
今や300万枚を突破する超人気曲になったわけです.


以上、大ヒット曲「世界に一つだけの花」の発売に潜む裏話でした.

 

 

広告を非表示にする